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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)9号 決定 1974年5月24日

抗告人 上江洲春子

右代理人弁護士 高良明夫

相手方 清水節二郎

主文

一、原決定を次のとおり変更する。

1、神戸地方法務局所属公証人朝山二郎作成第一二七〇六号債権者相手方、債務者上江洲安久間の金銭消費貸借公正証書正本に対し、同法務局所属公証人宿利精一が昭和四八年六月二六日債務者の承継人である抗告人に対する強制執行のため相手方に付与した執行文は同公正証書表示の債務額の三分の一をこえる部分についてこれを取消す。

2、右取消にかゝる部分についての強制執行は抗告人のためにこれを許さない。

3、抗告人のその余の異議申立を棄却する。

二、異議申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一、抗告の趣旨

別紙記載のとおりである。

二、抗告の理由

別紙記載のとおりである。

三、当裁判所の判断

一件記録によると、債権者相手方債務者上江洲安久間において昭和三八年一〇月一七日締結された元本金三万円弁済期昭和三八年一一月一六日遅延損害金年四割なる金銭消費貸借契約につき昭和三九年一一月一二日神戸地方法務局所属公証人朝山二郎作成にかゝる第一二七〇六号金銭消費貸借契約公正証書に対し、同法務局所属公証人宿利精一が相手方の抗告人に対する承継執行文の申請に基づき、戸籍謄本により、債務者が死亡による抗告人の相続による債務承継の証明があったとして、昭和四八年六月二六日抗告人に対する承継執行文を付与したこと、右公正証書正本の末尾に附記された執行文の全文は、

「前記の正本は債務者上江洲安久の相続による債務承継人上江洲春子に対し強制執行の為め債権者清水節二郎に之を付与する。債権者は尼崎市長の認証した戸籍謄本を提出して債務承継人が債務者の相続をした事実を証明した。昭和四八年六月二六日公証人宿利精一役場に於て、尼崎市開明町一丁目二三番地神戸地方法務局所属公証人宿利精一」

というものであること、前記債務者上江洲安久が昭和三九年一一月二六日死亡したこと、同人の相続人は配偶者である抗告人、子である西川久子、上江洲知子、上江洲安利の四名であること、以上が認められる。

ところで、金銭債務その他可分債務について債務者の死亡により複数の相続人がこれを承継した場合は相続分に応じて債務を分担することになると解せられる。そうして、このように可分債務を負担するに至った共同相続人に対する承継執行文の付与申請は共同相続人全員に対し、又はその一部の者に対しなし得るし、これに応じて全員、又は一部の者に対し承継執行文を付与し得るが、一部の者に対する付与申請があったに過ぎないのに必ず全部の相続人に対して付与しなければならないという根拠はない。ただ何れの場合においても、承継執行文には各相続人に対する執行可能限度として相続分の割合若くはこれに基く具体的数額が記載されなければならず、これを欠く場合は違法であり、更には該執行正本に基づく強制執行は許されないといわなければならない。蓋し法が債務名義および執行文の制度を設けた趣旨は、強制執行により実現すべき権利の内容、範囲を容易に認識し得べき表現形式をもって一定の証書に明示することにより、執行機関が執行可能な実体上の請求権および責任の範囲に関する調査の煩を免れ、迅速、確実にその手続を進めることを可能ならしめることにあるから、強制執行により実現される効果の内容、範囲は債務名義およびこれと一体をなすものとして付与された執行文において、一見又は解釈上執行機関が容易に認識し得る程度に明白でなければならないと解すべきを相当とするからである。本件において、債権者の提出する抗告人に対する前記承継執行文を付与した公正証書の正本は民訴法第五五九条第三号所定の債務名義を充たしているが、その正本末尾に附記された前記執行文からはあたかも、抗告人が単独相続をしたかの如く、何ら強制執行により実現すべき権利の範囲に制限を付していない。してみれば抗告人が債務者の相続人であることは相違ないとしても、共同相続した者であり、本件のような可分債務について抗告人の承継した範囲は妻としての相続分の範囲に限られ、結局前記債務名義表示の債務額の三分の一にすぎない。してみれば前記抗告人に対する執行文は右三分の一の範囲内において正当であるが、これをこえる部分について違法であり、その部分について取消を免れない。

よって、主文第一項1ないし3のとおり決定し、異議申立及び抗告費用は相手方の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 仲西二郎 三井喜彦)

<以下省略>

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